記憶から木録へ『国破れて‘山河’あり』(紙すき爺さん)

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重文級、岩倉具視の暗号表発見

 明治新政府の中枢で活躍した岩倉具視(ともみ)(1825~83)が西南戦争で使用した円盤状の暗号表や、徳川15代将軍・慶喜が新政府軍に江戸攻撃中止を求めた直筆の哀訴状など重要文化財級の史料が、京都市内で見つかった。

 江戸時代後期の本草(ほんぞう)学者・山本亡羊(ぼうよう)(1778~1859)の主宰した塾「山本読書室」跡(京都市下京区)の土蔵を松田清・京都外国語大教授(日本洋学史)が調査し、数万点の史料を確認、目録にまとめた。

 同塾は本草学(博物学)の一大拠点として1811~1903年に開設。全国から集まった門人が医学や儒学などを学んだ。

 読書室跡の土蔵は2階建て約100平方メートルで、松田教授が2011年から土蔵内部を調査し、書籍・古文書類約6000件、書画類約1000件のほか、博物標本などを確認した。このうち、岩倉関連の史料は数百点あり、亡羊の孫・復一が岩倉の秘書を務め、伝記「岩倉公実記」の編集に携わったことから、保管されていたとみられる。

 暗号表は、「イ」「ロ」「ハ」などのカタカナを書いた大小2枚(直径12センチと10センチ)の紙製の円盤を重ねたもので、小さい円盤の文字を大きい円盤の文字に変換する仕組み。暗号が見破られないよう文字変換のパターンは5通りある。

 この暗号表を使って岩倉が大久保利通らと交わしたとみられる秘密通信文61通も残されていた。1877年の西南戦争の際に宮崎県で情報収集した新政府が、反乱士族について「(士族の一部は)ハンシン(反乱の気持ち)アレドモ動カズ」と発信した電報もある。(読売新聞)

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by w-history | 2014-02-04 09:33