記憶から木録へ『国破れて‘山河’あり』(紙すき爺さん)

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干提寺

「提=ゼウス」
 昭和62年9月にオープンした茨木市立キリシタン遺物史料館は、「隠れキリシタンの里」として有名な千提寺にあります。 
 茨木の山地部の千提寺や下音羽は、キリシタン大名として高名な高槻城主であった高山右近の領地であったことから、キリシタン宗が布教されました。
 しかし、豊臣秀吉はキリシタン宗の布教と信仰を厳禁し、徳川幕府もキリシタン禁教令を発布したため、信者らは隠れて信仰を続けました。この時信仰の対象となったものが、隠れキリシタンの遺物として、キリシタン遺物史料館に展示されています。(茨木市)

「ザビエル像」
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ナバラ生まれのイエズス会宣教師ザヴィエルを大きく配し下部に「S.P.FRACISCUS XAVERIVS SOCIETATISV」のラテン文と、「さんふらぬしすこさべりうすさからめんと」と読める万葉仮名を記した聖画像。ザヴィエルは極東地域のキリスト教布教の草分けで、天文18年(1549)鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教を伝えた重要な人物。本図は、光輪をつけ、手に神への燃える愛を象徴する赤い心臓を抱き、キリストの磔刑(たっけい)像を見上げ、口から「満ちたれり、主よ満ちたれり」というラテン語文を発する聖人を描く。イエズス会の布教活動の中で西洋画の手ほどきを受けた絵師が、輸入された銅版画を手本にして、ザヴィエルが列聖された元和8年(1622)より後に礼拝画として制作したと推定される。本図は、高山右近の旧領、千提寺(せんだいじ;現茨木・いばらき・市)の旧邸に伝わった「開けずの箱」に秘匿(ひとく)されていたもので、大正9年(1920)の調査で「マリア十五玄義図」などとともに発見された。禁教で破却された聖画のうち、伝世した数少ない江戸初期の洋風画として重要。 (神戸市立博物館・重要文化財)
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by w-history | 2013-04-07 12:00